1940年代の出来事
日本初のリフト

1940年 昭和15年 大政翼賛会発足。草軽電鉄、スキーの栞発行。
当時すでに運動茶屋スキー場、千間山ゲレンデ、舟の尻ゲレンデ、
大谷地ゲレンデ、殺生河原スキー場、林間スキー場があり、
志賀高原へ、ツアースキーが行われていた。
湯ノ沢部落聖バルナバ病院解散を決議。
紀元2600年記念植樹、一之沢に落葉松2千本植える。
草津スキー学校開設。
1941年 昭和16年 仲町大火災。(七星館、三関屋、金緑など25棟全半焼)
国民学校令公布、小学校は国民学校となる。
聖バルナバ病院閉鎖、湯の沢部落解散式。
コンウォール・リー女史、明石市にて死去。
日米開戦、太平洋戦争に突入。
1942年 昭和17年 白根山大噴火。
明治神宮国体スキー大会に草津が県代表出場。
1943年 昭和18年 徴兵適令19才に引下げる。学徒動員、勤労動員はじまる。
町民錬成スキー大会開催。
1944年 昭和19年 群馬鉄山創業。
帝都淀橋区国民学校児童3千5百名、草津温泉に疎開。
青年たちは戦場に出征していき、旅館の経営者も群馬鉄山や
白根鉱山などの軍需産業に務めた。
1945年 昭和20年 国鉄長野原線、1月2日渋川〜長野原間開通。
一井旅館、大東館、七星館等多くの旅館が海軍病院の病室と
して使われる。
帝都大空襲(3月10日)で壊滅状態となる。
広島・長崎に原爆投下。前橋市に大空襲。
日本無条件降伏(8月15日)終戦の放送聞く。
灯火管制終り、家々の窓から夜の電灯が輝く。
疎開学童解散帰京。海軍病院解散。
1946年 昭和21年 食糧難のため、ウルイ野、本白根、前口地区で開拓が始まり、
草津温泉農業協同組合できる。
草津文化協会設立、「草津文化」を創刊。
丑湯祭復活、現在の温泉祭の原形できる。
長野原線旅客輸送始める。
1947年 昭和22年 町立草津小学校となる。
町立草津中学校新しくでき、義務教育9年となる。
楽泉園で患者人権闘争、国会調査団来る。
草津消防団できる。高松宮殿下ご来草。
神林二平氏等公職追放。
1948年 昭和23年 草津町自治警察開庁。
天狗山に日本初のスキーリフトできる。
1949年 昭和24年 役場新庁舎できる。
楽泉園で患者ハンスト、特効薬予算を要求。
上信越高原国立公園が指定になる。浅間白根観光連盟発足。
夏期大学講座開設講師に羽仁説子らを招く。
翌年五所平之助、羽仁五郎来る。