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歴史

草津年代記 古代/中世/近世

古墳時代

大和朝廷の頃、日本武尊が東征帰途の折に温泉を発見したと伝えられる。

奈良時代

大和国菅原寺の僧、行基が温泉を発見したと伝えられる。

鎌倉時代

建久4年(1193)鎌倉幕府を開いた源頼朝が三原の荘での巻狩の折に温泉を発見したと伝えられる。

室町時代

文明4年(1472)浄土真宗本願寺、連如法主が入湯。
文明18年(1486)歌人、藤之坊堯恵が入湯。
延徳3年(1491)相国寺の僧、万里集九が入湯。「梅花無尽蔵」を薯し、摂津の有馬、飛騨の湯島と並んで日本の霊湯の最たるものと記す。
文亀2年(1491)歌人、宗祇法師が入湯。

安土桃山時代

天正16年(1587)豊臣秀吉の異母妹、朝日姫が入湯。浄土宗本願寺、顕如法主が入湯。
天正16年(1588)豊臣秀吉の養子、秀次が入湯。
文録4年(1595)豊臣秀吉が入湯の触書を出す。
慶長元年(1596)豊臣秀吉が病中の徳川家康に草津の湯の特効を教え、湯治を奨める。
慶長3年(1598)加賀百万石の大名、前田利家が入湯。

江戸時代

亨保2年(1717)八代将軍徳川吉宗、草津の湯お汲み上げ江戸城に運ばせて入浴。
安永9年(1780)漢学者、平沢旭山が入湯。
寛政2年(1790)この頃から湯花を採集する。
文化5年(1808)俳人、小林一茶が入湯。「湯けむりにふすぼりもせぬ月の貌」
文政2年(1819)戲作者、十返舎一九が入湯。
文政3年(1820)十返舎一九が「上州草津温泉道中続膝栗毛十篇」を薯す。
文政8年(1825)殺生河原の硫黄採掘が始まる。
嘉永元年(1848)幕末の科学者、佐久間象山が入湯。「トウ野日記」を薯す。

明治時代

明治10年(1877)この頃に時間湯の入浴法が完成。(湯もみ始まる)
明治11年(1878)草津温泉を世界に紹介したドイツ人医学者、ベルツ博士が始めて草津を訪れる。

大正時代

大正7年(1918)詩人、平井晩村が入湯。紀行文「湯けむり」を薯し、草津節のもとともいわれる2つの歌を書き残す。「草津よいとこ白根の雪に暑さ知らずの風が吹く」「草津よいとこ里への土産袖に湯花の香が残る」
大正11年(1922)作家、志賀直哉が入湯。

昭和時代

昭和4年(1929)詩人の尾崎喜八、高村光太郎、竹久夢二が入湯。
昭和8年(1933)歌人、斎藤茂吉が入湯。「いづこにも湯が噴きいでて流れゐる 谷間えお行けば身はあたたかし」
昭和10年(1935)ベルツ博士記念碑を西の河原に建立。 渋川~草津間、バス路線開通
昭和56年(1981)下呂温泉と姉妹温泉締結。
昭和62年(1987)西の河原温泉が完成。  日本ロマンチック街道協会設立。草津町長が会長となる。
昭和61年(1988)オーストリア・ノイシュティフト村と姉妹都市締結。
昭和63年(1988)草津町温泉資料館が完成。  草津温泉バスターミナル完成。
平成元年(1989)草津高原ゴルフ場完成。
平成3年(1991)第33回自然公園大会開催。 オーストラリア・スノーウィリバーと姉妹都市締結。
平成4年(1992)チェコスロバキア連邦共和国・カルロビヴァリ市と姉妹都市締結。